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現在(いま)を生きる
監督として手がけた39本の劇場映画を始め、生涯に数多くの作品を世に送り出した岡本監督が自らに課していた信条が、副題に挙げた「『抽斗(ひきだし)』で勝負するな」だったそうです。 ここで言う「抽斗」とはタンスや机のそれで、衣類や様々な品物がたくさん仕舞い込まれていることから転じて、「臨機応変に活用できる、隠れ持った多様な知識や豊かな経験のたとえ」(『大辞泉』)を意味します。映画監督で言うならば、長年の監督生活で蓄えた経験や知識、映画作りのノウハウなどを指し、作品をたくさん撮れば撮るほど自分(抽斗)の中にそれらが蓄積されていきます。 しかし、岡本監督は「それを使うな(既得の知識や経験に頼るな)」と言われたわけです。
とよく口にされていたそうですが、だからこそ39本もの、それも戦争映画・時代劇・サラリーマンもの・アクションといったバラエティに富んだ、ジャンル(分野)に縛られない作品を作り続けてこられたのでしょうし、亡くなられる直前まで次回作 (山田風太郎原作『幻燈辻馬車』)への準備を怠ることがなかったそうです。 とは言え、「言うは易し、行うは難し」です。 映画がヒットすればするほど、評判が良ければよいほど、それを忘れて違うものに挑戦する。 また、監督自身が冒険したくても周りがそれを許さないような場面もあったでしょう。 何より自分自身が、絶えず新しくなっていかなければならない。 |
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これは何も映画づくりに限った話ではありません。 ただ、人間年齢をとればそれなりの「抽斗」を持ちますし、それを頼りにもします。 「いまどきの若い者は……、それに引き換え自分らの若い時は……」と言っておけばある意味楽ですらあります。 でもそれは本当の意味で生きていることにはならないのではないでしょうか。 以前「住職日記」で紹介した話ですが、ある人が自分が、
と紹介されたのを聞いて、
と怒られたそうです。 「間違った経歴を伝えたわけでもないのにどうして ?」と不審に思ったところ、その人曰く。
昨年の宗祖親鸞聖人750回御遠忌に併せて開催された『親鸞展』(京都では聖人直筆の『教行信証』
(国宝坂東本)が展示されていましたが、全編にわたっておびただしい推敲の跡がありました。 |
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これも「住職日記」に載せた話ですが、以前、山門に、
という一文を掲示したところ、
と尋ねられたことがありました。 確かに「これまで(過去)」によって「いま(現在)」が、そして「これから(未来)」も決まってしまいます。 しかし、「これから」の自分の生き方一つで、過去の出来事のもつ「意味」は変わっていきますし、変えることもできるのではないでしょうか。 どんなに輝かしい過去があっても、今が惨めであったならば、それは自分を苦しめるものでしかありませんし、どんなにつらい過去であっても、今が幸せならば、あの経験があったからこそ、今のこの私がある」と思えるのではないでしょうか。 肝心なの「現在(いま)をどう生きるか」なのです。 (『西念寺婦人会だより』2012年2月号掲載) |
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〔お・ま・け〕 |
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同席の某氏 |
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Who is she? |
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