住職日記   真宗大谷派 西念寺
 

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住職日記
  〜ご院家さんのひとり言(不定期更新)

2009年1〜6月分 2009年7〜12月分 

裏・住職日記「「大山」の四季」(略して「 大山ブログ」)もヨロシク

 

 
 
明道小学校「町探検」
                               

雨の降りしきる中、生活科学習の一環、「町探検」で、明道小学校2年生の子供たち6名が西念寺を訪ねてきてくれました。

前回(2007年)前々回(2004年)に続き3年ぶり3回目の今回は、2年生全員ではなく、目的地に「西念寺」を希望したグループのみの訪問でした。

そう言えば、全員参加のため否が応でも「自分の家」を訪問しなければならなかった長男(前々回)、長女(前回)は後で、

「一回家に帰ってきたのに、何でまた学校まで戻って、それからもう一回帰ってこなきゃならないんだよ〜。」
「何で、わざわざお父さんに向かって自己紹介しなきゃならないのよ〜。」

とブーブー言ってたっけ。

と、いうわけで今回次女は西念寺探検をスルー。

6人の子供たちは本降りの雨の中、雨合羽を着込んで、学校から歩くこと約30分。
メモ用紙までグショグショになりながらたどり着いて、始めと終わりの挨拶もキチンとできて、帰りの集合時間も忘れないで……、
みんなホントによく頑張ったね。

気をつけて学校へ帰ってね。(^-^)/

 

《最後に記念写真を1枚パチリ》

 

通算3回目となった今度の「町探検」。
この「日記」では紹介していなかったのですが過去2回の「町探検」にはそれなりの(笑える)「後日談」もありました。

 【前々回・2004年】

「町探検」が終わってだいぶ経った頃(たぶん2学期の初め頃)、何かの用事で明道小学校を訪れた時のこと、下足場で私の顔を見た女の子がオズオズと、

「……さ、さいねんじさんですか?」

「町探検」からもうずいぶんになるのに、私の顔を覚えていてくれたのかな、と思いながら長男の教室の前の廊下まで行くと……、

何とそこには「町探検」の時に撮られた私の顔写真が、しかも「これでもか!」というぐらいのドアップ=引き伸ばしで貼り出されていたのでありました。

(これを毎日児童が、父兄までもが、見ているのか……〈絶句〉)

 【前 回・2007年】

明道小学校では毎年11月中旬に児童による生活発表会「百石会(ももしゃくえ)」(昔風の呼び方で言えば「学芸会」!?)が催されるのですが、その年の2年生の演し物は劇「町探検」。

ということは、つまり……、

そう、2年生の児童が「子供用の衣」―もちろんウチが提供したものですが―を着て「私」を演じてくれたのです。

(……ワシはあんなに可愛くはないわい。〈またもや絶句〉)

はてさて今度はどんな「後日談」が待っているのやら……(-  -;)

 

《これから急いで全体の集合場所へ》

 

ちなみに、今回わが家への「探検」をスルーした次女が「目的地」として選んだのは、

こ・ち・ら ↓

 


法勝寺町の新名所(!?)

DARAZ CREATE BOX(ダラズ・クリエイト・ボックス)

でした。

(……「ミルクセーキ」が美味しかったそうです。ごちそうさまでした。m(_ _)m)

(6月15日)

 
 

阿弥陀さまからの「石文
            ― その2 ―


 犬丸は懐をさぐると、なにかをとりだして忠範(ただのり、後の親鸞聖人)に手渡した。
 灰白の小石だった。
 いつもツブテの弥七(やしち)が、掌てのひらでもてあそんでいたツブテの石である。

「数日前、あの弥七が訪ねてきて、忠範さまが家をでられるときには、これをお渡しするようにと―」

 忠範はけげんそうに渡された小石をながめた。

「これは、石ころではないか」

「そうです」

 犬丸はうなずいて、忠範の耳もとでささやくようにいった。

「弥七は、こうわたしめに言(こと)づけたのです。

 忠範さまは、われら悪人ばらのためにお山で修行なさるのだ。
 だから忠範さまに伝えてほしい。

 もし、運よく物事がはこんで、自分がなにか偉い者ででもあるかのように驕 (おご)りたかぶった気持ちになったときは、この石を見て思いだすことだ。
 自分は割れた瓦 (かわら)、河原の小石、つぶてのごとき者たちの一人にすぎないではないか、と。

 そしてまた、苦労がつづいて自分はひとりぼっちだと感じたときは、この河原の小石のようにたくさんの仲間が世間に生きていることを考えてほしい、と。

 弥七はそのように申して、これを忠範さまに渡すようにと頼(たの)んで消えました。

 そうそう、もう一つ。

 なにか本当に困ったときには、どこかにいる名もなき者たちにこの小石を見せて、弥七の友達だといえばいい、と」

 忠範はその小石を手のなかににぎりしめた。
 犬丸の懐のなかにあったせいか、かすかなぬくもりが感じられた。

「ありがとう」

 と、忠範はいった。犬丸にでもなく、弥七にでもなく、伯父やサヨたちにでもなく、なにか自分をとりまくすべてのものに対して、心から感謝したい気分だったのだ。 

(五木寛之『親鸞 上』より) 


 「能令瓦礫変成金」というは、「能」はよくという、「令」はせしむという、「瓦」はかわらという、「礫」はつぶてという。「変成金」は、「変成」はかえなすという、「金」はこがねという。かわら・つぶてをこがねにかえなさしめんがごとしとたとえたまえるなり。
 りょうし(猟師・漁師)・あき人(商人)、さまざまのものは、みな、いし・か わら・つぶてのごとくなるわれらなり
 如来の御ちかいをふたごころなく信楽すれば、摂取のひかりのなかにおさめとられまいらせて、かならず大涅槃のさとりをひらかしめたま うは、すなわちりょうし・あき人などは、いし・かわら・つぶてなんどを、よくこがねとなさしめんがごとしとたとたま えるなり。(親鸞聖人『唯信鈔文意』)

(3月17日)

 
 

謹 賀 新 年


川の向こうの紅葉がきれいだったので 橋を渡って行ってみた
ふり返ると さっきまでいた所の方が きれいだった
                       (星野 富弘)

 ― 浄土に往生するということは
     ここで生きられるようになったということ ―
                    (信国 淳)

        旧年中の御厚誼に深謝し、本年も宜しく御指導の程お願い申し上げます。

(2010年1月1日)

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