西念寺住職を継承して 真宗大谷派 西念寺  
 
 
西念寺第15世    弘信
 
 
 
 昨年6月末に本山・東本願寺において西念寺住職を拝命して早や1年。11月の継承法要からもすでに7ヵ月が過ぎ、住職として何かと多忙な日々を送っております。

 寺院住職と一口には言っても、具体的な仕事内容は、日々の法務を始め、会計事務やら何やらと結構多様かつ多忙なのですが、寺院の住職、とりわけ真宗寺院の住職とはどうあるべきか、本来何を第一義とすべき職務であるのか、私なりに考えるところを記して、継職にあたっての所信表明にしたいと思います。

 歴史的に見ますと、真宗寺院の多くは「御講(おこう)」(集会)のための「道場」としてスタートしています。
 「御講」の会場は、その村の顔役(名主)の隠居所であったり、もとからあったお堂やお社であったりとさまざまですが、月に1、2回そこに集まっては、床の間に「南無阿弥陀仏」の六字名号(本尊)をかけ、その前には燭台と香炉、そして花瓶の三具足(みつぐそく)を起き、一同で親鸞聖人ご制作の「正信偈(しょうしんげ)」「和讃(わさん)」をお勤めし、蓮如上人の「御文(おふみ)」を拝読・聴聞し、その後、飲食を共にしながらの信仰問答・座談が行なわれたものです。(寄合・談合)
 そういった臨時の道場がやがて常設の道場となり、時代が降ると共に寺院として山号寺号を掲げて集落の中で一等抜きんでた大きな建物になっていくのです。

 そして、その住職とは、親鸞聖人、蓮如上人、あるいは本願寺の歴代門首から直接教えを聴いて弟子となった者が、僧形となって家族と共に道場・寺院に住み、「如来聖人へのお給仕」―内陣(ないじん・阿弥陀如来の尊像や親鸞聖人の御絵像が安置された場所)を掃除し、お仏花を飾り、お仏飯を供え、そして朝夕のお勤めをすること―を勤めつつ、そこを護持したのが発端で、その子孫が代々その役割を受け継いできているのです。

 ですから、寺の護持とは、道場から出発したというその原点からすれば、建物や施設の維持管理にとどまらず、聞法の道場、すなわちお釈迦さまや親鸞聖人の教えを門信徒が聴聞する場としての寺を護持する、という意味をもつことになります。

 当西念寺は、東本願寺第12世教如上人の門弟釈教専によって尾高に創建されて以来、米子の城下町形成と共に現在地へ移り、その後も火災に遭うなどのさまざまな変遷を経ながら、歴代住職と門信徒の努力によって約400年の星霜を経ております。また住職も開基(初代)以来、現在の私で第15世を数えることとなります。
 私もまた、歴代住職を範と仰ぎ、微力ながら西念寺の護持と如来聖人のお給仕に勤め、西念寺門徒の1人として仏法聴聞に生涯いそしみたいと存じます。御門徒の皆様、ご支援ご助力の程を、何卒よろしくお願い申し上げます。

(『西念寺だより 専修』第24号(1999年6月発行)刊頭に掲載)


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